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8-7ティル・ブレナー(ドイツ) 1971年生まれ。教会音楽家が数人いる家系。9才でトランペットを手にし、13才にはクラッシック・コンテストで優勝するほどに。15才時に若者ジャズコンテストで優勝し、連邦ジャズ・オーケストラに迎え入れられる。ケルン(ボンとも)音楽大学に在学中にホルスト・ヤンコフスキーのビッグバンドに身をおき、卒業時には初アルバムを自主制作している。クラッシックもこなすジャズ・トランペッターだが、長身でハンサムとあってチェット・ベイカーばりに歌えるトランペッターとして売り出し中である、とここらが彼のプロフィール。 詳細には西ドイツライン川のほとりに開けた文化芸術の都市ボンに生まれる。ボンは西ドイツの首都、ケルンとは姉妹のような地理関係にある。ベートーベンが生まれ、シューマンが晩年を過ごした地だそうだから、クラッシック音楽隆盛だった頃の雰囲気を今でも色濃く残しているのではなかろうか。二十歳に東西ドイツの統合に遭遇する。この頃は、ベルリンを拠点に、交響楽団やジャズバンドに在籍していたそうだから、劇的なベルリンの壁崩壊から祖国統一の歴史的場面に立ち会ったわけだ。 まさに、祖国及びベルリンと同様彼の音楽はクラッシックからジャズへと音楽活動の幅を広げてつつクロスオーバーしている。ソウルやブルースとは無縁なドイツ人でありながら世界に通用するジャズマンであるためには、極めて強固な個性化志向とアイデンティティが必要だ。彼の吹くクラッシックはまだ聴いていないが、「love」や「The summer」といったジャズアルバムを聞く限りでは、ミュートやフリューゲルホーンを駆使し、オリジナルな音色作りに腐心しているようだ。だが、歌声は甘い憂いをたたえた声、ルックスの良さも加味されてチェット・ベイカーと比較されるのはやや損な気がする。ドイツ語で歌ってみたら多分に雰囲気が変わるのではなかろうか。初期に「ジャーマン・ソングス」というストリングスをバックにした国内で評判になったアルバムがあるそうだが、ブレナーの歌心を理解するにはそれを聴く必要がありそうだ。 人気の高まりと共に、次々とヴアリュエイションの変わったアルバムを作っており、まだまだ発展途上の感がある。ドイツ人なるがゆえに、クラッシックとジャズの垣根を取っ払ったところで、創造的なアドリブ音楽に挑戦しうるのかもしれない。 8−8アラン・ボッチンスキー(デンマーク) デンマーク出身でメジャーなのは、ベースのニールス・ベデルセン。彼がアメリカへ進出するまで一緒に演っていた仲間にボッチンスキーがいた。ボッチンスキーは‘40コペンハーゲンに生まれ、’50項半にはビッグバンドに籍を置き、‘65デンマーク放送局楽団のメンバーとなっている。ハードバップ派だがオリジナルの作編曲にも取り組んでいる。 デンマークはグリーンランド自治領を有しているとは言え、往時バイキングが活躍していた頃のイングランド〜ノルウェイ〜スウェーデンも領有していた一代帝国の面影は失われ、ただの半島王国に成り下がっている。コペンハーゲンはシェラン島にあるデンマークの首都。商人の港の意味。童話作家のアンデルセンにちなんだ人魚の像は有名。実存主義哲学者キルケゴールの生地でもある。 ‘90半ばに製作された「ベンチ」を聞かせてもらったが、すでに五十歳半ばとあっては「クール〜ウェストコースト」の色は褪せて、北欧中立圏の室内楽となっていた。 8-9ニルス・ペッター・モルヴェル ノルウェイはスカンジナビア半島の西側に位置し、三分の一が北極圏。ノルマンは「北方の人」の意味。ノルウェイ・スウェーデン・デンマークはゲルマン人(印欧語族)の原住地。4〜6、8〜12世紀の二度にわたって民族大移動を起こしヨーロッパに多数の国家を建設した。金髪・碧眼・長頭・長身が特徴。 ニルスはノルウェイの地にあって、即興音楽に取り組んでいるけれども、「ジャズ」のカテゴリーにこだわっているようではない。「エレクトリック・マイルス」の延長線上にいる未来派と目されたりするが、彼の側からしてみれば、非ジャズ的な音楽の側からクロスオーバーし、ジャズとフュージョンしたのだとも言える。 歴史的にはローマの北上、ゲルマンの南下によって、ヨーロッパの原文化(ケルト)は印欧化してしまったが、第二次世界大戦以降のジャズの侵攻に対して、ニルスはバイキングが卓越した航海術と船を以って雄飛したと同様に、エレクトロニクスを駆使して「ブレイクビート〜ドラムンベース」によるジャズとは異なるビートを獲得して、アンビエント(環境音楽)を創造しているようだ。 彼の吹くトランペットはミュートを用いてより内省的に、生命の息吹を伝えようとしている。凍てつく大地を吹き渡る風のように透明感をもちながら、時に雪を舞い上げるかのようにして存在感を示している。 8-10クラウディオ・ロディッティ(ブラジル) 1946年リオデジャネイロ生まれというから、62歳。アルバム「ジェミニマン(双子座の男)」’88の竹村淳氏の紹介によれば、「ぼくがいまやつていることは、ぼくがかってリオで成長期に合ったとき、いつも聴いたりプレイしたりしていた音楽、つまりブラジルのさまざまなリズムとジャズの結合そのものだ」と。 ならば、ボサノバ(ジャズとサンバの結合)を演っているのかというとそうでもない。ボサノバは’60半ばに大流行したブラジル産の音楽だが、どちらかというとスタン・ゲッツの「イパネマの娘」で知られるようにウエストコースト派寄りのソフィスティケイトされたもの。クラウディオのものはサンバの土俗性を失わず、イーストコースト派のアドリブ一発に自己表現をかけているような側ら渦面がある。 ブラジルは言わずと知れたサトウキビとコーヒーの国だが、ポルトガルが入植し、支配統治してきた。大農園を維持するため奴隷制も1888年まであった。だから支配層は大農園主。クラウディオは父がコーヒー関係の仕事、母はミナスジェライス州ヴァルジーニア出身。10歳でマーチングバンドでトランペットを吹き始め、同時にジャズ・トランペットも聞き漁るようになる。二十歳頃ウィーンのジャズコンペに参加し、三十半ばにバークリー音楽院にて本格的にジャズを学んだ。プロになったのは四十歳過ぎてから。チャーリー・ラウズやハービー・マンと共演。メキシコのパキートとも五年ほどバンドを組んでいた。 近年、トランペットやフリューゲルホーンからロータリー・トランペットに鞍替えしたようで、小気味よい音色がどう変化したものか聞いてみたいものだ。 |
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まだちょっと早いけどアタシと海行ってくれる人募集しまぁ〜す☆ qu.up-lu.ul@docomo.ne.jp |
あおい 2009/05/30 17:52 |
ホントに会える人限定で募集します☆メールくれたら何回かやり取りして会いませんか?メール待ってます♪ lh.hl__lu.ul@docomo.ne.jp |
りょうこ 2009/06/06 11:50 |
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